2023-08-21  2023-09-02
 

2020年3月から1年間、学振PDの残り時間を利用して私は米国東海岸のメリーランド大学に渡米研究を実施する機会を得ることができた。日本以外の研究環境・研究文化を知ることが出来る非常にいい体験だった。研究以外にも国外での生活や交流は今後の人生を考える上で大きな刺激となった。一方で、この期間は新型コロナウイルス感染の度重なる拡大と収縮による生活変容が余儀なくされた。渡米期間が短縮されてしまったのは残念であったが、研究もしっかり進めることができた。昨今のコロナウイルスへの理解と規制緩和により再び海外渡航が容易になった今、ぜひ一度は在外研究に取り組むことをお勧めする。その参考になればと思い、私のアメリカでの経験をここに共有出来たらと思う。既にセラミックス協会の学会誌(2023年9月号)に掲載されているが、加筆・修正した上でこちらに記しておきたいと思う。(under renewal)

目次

  1. はじめに
  2. 渡航までの道のり
  3. メリーランド大学での研究生活
  4. メリーランドでの生活
  5. おわりに


2. 渡航までの道のり

 渡航までの道のりは新型コロナウイルスの影響を強く受け、多くの困難が伴った。特に、米国の大学からの許可証(DS2019)の取得や、日本の所属大学および日本学術振興会との調整により、渡航許可の取得が遅れ、予定していた渡米時期が遅れることとなった。これらの事情により、渡米までに約半年を要することとなった。その背景には、外務省が発表する海外安全情報における渡航リスクがレベル4以上であったことや、特別研究員PDとしての雇用関係のない立場が影響していた。万一の事態において、責任を問われることを避けたいという問題が生じていた。最終的に、所属研究室の教授が積極的に動いてくださり、特例として渡航許可を得ることができた。教授には深く感謝している。
 学位取得後の2019年に、日本学術振興会の特別研究員PDとして名古屋大学に異動し、研究期間の2/3を利用して、アメリカ・メリーランド大学への渡航を計画していた。受け入れ先として選定したのは、無機材料研究の先駆者であるIchiro Takeuchi教授の研究室であった。国内のシンポジウムにて直接依頼したことが契機であり、博士課程における研究活動で、同研究室の論文を頻繁に参照していたことが、選定の理由であった。
 研究テーマは、新型固体冷媒に関するものであった。近年、固体冷媒は環境に優しい冷却技術として注目を集めており、特に高い冷却効果が期待される超弾性合金の開発が主要な研究対象であった。渡米前より毎週のグループミーティングに参加しており、渡航許可が下りるまでの間、国内での研究を進めながら、半年間にわたりオンラインで研究準備を進めていた。2020年秋に米国大学からの許可証(DS2019)を受領し、2021年3月に名古屋大学から渡米許可を得て、同年4月に渡米を果たすことができた。

3. メリーランド大学での研究生活

 私が所属していた研究室は、4つの主要な研究グループ、具体的には、薄膜物性グループ、薄膜デバイスグループ、固体冷媒グループ、および機械学習解析グループに大別されていた。各グループは、異なる共同研究者を含めて、個別の研究報告を行いつつ、毎週全体の研究報告会も開催していた。個別報告はスライドを用いた詳細な報告があり、全体報告は口頭でのみの約1時間のセッションであった。研究室では20-30の研究テーマが進行中であり、教授が一手にこれらをマネジメントしていたため、教授は常に多忙であった。私自身も他の研究テーマに関与したいという願望があったが、分業制を採用していたため、全体のミーティングや飲み会で他の学生やポスドクから情報を得る程度に留まっていた。
 私の担当していた研究課題は、米国エネルギー省(DOE)の支援を受けた新エネルギー技術に関するプロジェクトの一環で、固体冷媒の開発に関連していた。このプロジェクトには、異なる学科の教授、技術補佐員、ポスドク、および博士学生で常に8人程度が関与していた。私が渡航した2021年4月時点でも、学内ではマスク着用が義務付けられ、装置の講習や研究室への人数制限があったため、研究を開始するのが困難であった。研究グループの進捗報告は1年を通してオンラインで行われ、毎週2-3時間を費やして綿密な報告がなされていた。私が主導していたのは、材料の微細構造解析に関する部分であり、この研究はノーステキサス大学との共同研究として進行していた。帰国後ではあるが、学会発表や学術論文を通じて研究成果を公表することができた。この共同研究に関わってくれた教授や学生には感謝している。
 アメリカでの研究環境において注目すべき特徴の一つは、博士課程の学生たちが持つ非常に高い研究意識である。彼らは、授業料のサポートの見返りとしてTA(教育助手)やRA(研究助手)の役割を果たしつつ、夜明けから深夜まで自分の学位のために熱心に研究に打ち込んでいた。このような彼らの研究に対する取り組みは、日本の修士課程の学生たちの研究環境とは異なるものであった。その理由として、給与を得ていること、プロジェクトを主導しているという責任、そしてアメリカの学術界における激しい競争やポストの取り合いが、彼らの研究への情熱を高めていると考えられる。彼らは夏休みには他の研究室や企業でインターンシップに参加する一方で、友達との旅行などを楽しんでおり、研究における集中と休息のバランスをきちんと保っていた。
 また、研究室の雰囲気はとても活気に溢れており、研究室外での交流も頻繁に行われていた。私は、他の研究室のポスドクと交流することで、アメリカにおける就職の状況や学術界の動向について学ぶことができた。ポスドクの人事が頻繁に変わり、新しいメンバーが毎年加わる一方で、博士学生の大部分が民間企業に進むなど、日本の状況と共通点や相違点を感じることができた。


4. メリーランドでの生活

 メリーランド大学周辺では、新型コロナウイルスの制約が徐々に緩和され、アメリカの日常が以前の様子に戻り始めてた。私の滞在地であるメリーランド州は、首都ワシントンD.C.に隣接しており、青年層の政治参加が盛んな地域であるだけでなく、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、アメリカ航空宇宙局(NASA)、ジョンズ・ホプキンス大学など、一流の研究教育機関が集まる場所でもあった。これらの機関は、科学研究の重要な拠点として機能しており、互いに交流しながら行き来する研究者の姿を見かける機会もあった。
 メリーランドおよびワシントンD.C.での生活を通じて、私はアメリカの社会や文化に深く触れる機会を得ることができた。休日には、友人と郊外のワイナリーに出かけたり、お買い物やキャンプ、スポーツ観戦、スミソニアン博物館群を巡るなど、ドラマに出てくるようなアメリカの「日常」を直接感じるようないい経験をすることができた。友人の勧めで始めたボルダリングや舞台鑑賞は、新しい趣味として現在も行っている。
 私の住んでいたエリアはロックビルという比較的整備され治安の良い地域だった。メリーランド州全体の治安ランキングや事件発生数等がエリア毎にまとめられているので、それを参考に住む場所は決定した。近くにNIHの日本人研究者の方が多く住んでおり、彼らのアドバイスも大変参考になった。大学周りはあまり治安が良くないようで、車上荒らしや窃盗、発砲などが報告されていたので、車で30分程度離れたエリアにした。
 日常生活で特に挑戦だったのは、コロナ禍によって主流となった電話による英語の会話であった。これは本当に大変。様々な手続き、例えば大学関連の事務や銀行、税金の手続きなどを電話で行う必要がありました。早口の英語や感情の乏しい声への対応はとても困難で、何度も途中で切られたり、wifiの契約で違法に変更されたりするなど腹ただしいことも沢山あった。これらの経験がトラブル回避や米国でうまく生きていくための英語力の向上に寄与したといっても過言でないといえる。


5. おわりに

 コロナ禍の中での1年間の滞在であったが、アメリカの四季を感じ、異なる文化的環境での研究活動を経験することができた。また、メリーランド大学でのポスドクや博士課程の学生との交流を通じて、大規模な研究プロジェクトの運営におけるアメリカ式の枠組みや心構えを学ぶ、大変いい機会でもあった。しかし正直なところ、1年はあっという間で非常に短く感じた。研究も生活も人間関係も全てがうまく動き始めたころに帰国となってしまい、惜しい気持ちも残っていた。色々な事情が許すのであれば、2回目の四季を感じられる1年半から2年の長期滞在をお勧めしたいと思う。
 渡米直前に大学からの許可を得ることができないといったトラブルもあったが、名古屋大学の秦教授の熱心なサポートにより、無事実現することができた。また、メリーランド大学のIchiro Takeuchi教授の温かい受け入れとご指導、そして日本学術振興会のご支援にも深く感謝している。この研究留学は私にとって初めて長期滞在であり、貴重な成長の機会となった。今後の研究生活にしっかりと活かしていきたい。その他支援していただいたすべての方々に、心からの感謝の意を表します。


参考リンク

  1. Maryland.gov
  2. メリーランド大学材料工学部
  3. 募集要項(PD・DC2・DC1) - 日本学術振興会